Mr.Childrenの『PIANO MAN』の歌詞に隠された意味は何だろうと考えてみる




Mr.Childrenの新曲「himawari」が発売されてから、ずっとBGMとして流してる。

「himawari」が聴きたくて買ったCDなんだけど、一緒に収録されてた過去のライブ曲の方もすごく懐かしくて、なかなか良い買い物をしたなぁと思った。

今は「PIANO MAN」をずっとリピートしてる。

そういえば、このPIANO MANってなんでこんなタイトルなんだっけ?昔も気になって調べたような気もするけど、まったく思い出せない。

なので、また調べてみることにした。

ネットでは、PIANOMANを逆さから読むと、NAMONAIPとなって、名もないPと読める。Pとはプロデューサーの小林武史さんのことで、彼のことを歌ってるという推測が主流みたいだ。どうやら、ある人が推測して書いた記事を、まとめ記事とかブロガーさんたちがこぞって記事にした結果の噂みたい。でもなかなかおもしろい推測だと思う。見つけた人、すごいなぁ。

私が思ったのは、2005年に海岸で保護された記憶喪失のピアニストのことをイメージしているのかなと。これって、実はみんな知ってたりするのかな?そんなの常識じゃんとか思われてないか不安ですが、まあこのまま書き進めますよ。

あと、もうひとつ思ったのは、ビリー・ジョエルの「ピアノマン」という曲をイメージしているのかも。夢を追い続けながらも毎日の生活に頭を悩ませていて、でも、いつかはやってやるぞとどこかで信じながら生きている、そんな姿を表現した曲がビリー・ジョエル版のピアノマン。あれ?これももしかしてみんな知ってる?

真相はわからないけど、こうやっていろいろ考えながら歌詞を読むのがすごい好き。

著作権の都合上、ここに歌詞をぜんぶ載せるわけにはいかないので、リンクだけ貼っておきます。

Mr.Childrenさん『PIANO MAN』の歌詞

 

なぜなのかわからないけれど、私の心に響く部分は、

くだらぬテレビ点けっ放しで 明け方近くに思いついたのは
「やめちゃおうかどうか」で

とか、

いったい誰のために生きてんだろう?
考えるのも飽きたなぁ

床の上に横になって一日中寝ていたい

とかとか、

いがみ合いなんてしたくないけど
口を開く度角が立つじゃない
孤独よりはましかなぁ

これもいい。

ダマされたふりしてくれる人 誰かいないかな

このフレーズもなぜか沁みる。

 

どんな人にも光の部分と影の部分があって、光だけじゃなくて、影の部分も認めてあげることができたらと思う。これは、自分自身のことだけど。自分の影ってなかなか認めづらい。私の場合、自分以外だったら、光の部分より、その人の影の部分にすごく興味がある。影の部分を知ることでさらに愛着が湧くというか。

久しぶりに昔の曲を聴いてみるのもいいもんですよ。




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