評価経済の先を行く存在給についてもっと広まるといいのにと思う




最近、VALUを始めたので、いろんなジャンルの方の考えていることや情報が目に入ってくるようになった。VALUはSNSのように書き込むことができて、ウォッチリストに登録することでその書き込んだものをチェックできるようになっている。

最近、よく目にするようになったのは、評価経済という言葉。かんたんに説明すると、これまでの貨幣経済の考え方とは違って、信用とか信頼とかいった評価をベースにした経済のこと。(ウィキペディアで調べるとすぐ出てきます。)VALUは、まさに評価経済そのものではないかという意見を見かけるようになった。

 

ちょっと前までは私も評価経済が重視される世の中になったほうが面白いだろうなという考えを持っていて、実際にVALUとか、そういう評価経済的なサービスが出るたびに試してみたりした。

でも、実際にその場に身を置いてみて感じたのだけれど、評価経済って雰囲気的には好きなんだけど、それを利用する人によっては、そこまで魅力的なものにはならないみたいだなと思った。何というか、人を選ぶというか。

上手に乗っかって、良い流れに乗れる人もいるけれど、これまでの染み付いた貨幣経済的な思想というのがどうしても取れない人が多いみたいだ。

 

たとえば、こんな古い考え方がある。

  • お金=労働の対価
  • お金=何かしてあげた見返りとしてもらうもの
  • お金=自分が与えた価値に対する見返り
  • お金=がんばった分の報酬

この考え方を信じて生きてきた人がいきなり評価経済の仕組みに身を置いても、何かと嫉妬や妬みを感じてしまって苦痛だろうし、罪悪感から耐えられなくなってしまう人も出てくるだろう。実際に、知らない人からお金をもらう行為に気持ち悪さを感じて、VALUを止めたという人もいたようだし。

 

じゃあ、評価経済的な考え方はどうかというと、(本当の意味での評価経済とは違うかもしれないけれど、多くの人が勘違いかもしれなくても実際に抱いている考え方という意味です。)

  • お金よりも信頼、信用が重視される
  • 能力のある人が正当に評価される
  • 悪い人よりも良い人の方が評価される
  • 将来、期待できそうな人が評価される

評価経済になると、こんなイメージを抱いている人が多いみたい。でも、これって、何か他人からの評価を気にし過ぎるようになってしまうような。あくまで私が感じたことだけど、そんなに好きじゃない相手にでも、自分の評価を上げるために、媚を売ったり、繋がりを作ったりとかに奔走し過ぎて疲れてしまうような気がしないでもないなと。SNS疲れにも似たような感覚というか。

あと、良いことした人には高い評価がつくというのも、何か安っぽい道徳教育みたいでしっくりこないなぁと。お金に良いお金も悪いお金もないわけで。

 

何が言いたいかというと、つまり、評価経済の評価って、結局、人からの評価っていう意味なんだという事実に今さら気付いたわけですよ。

人からの評価よりも自分が自分に対して下す評価の方が大事なのにね。

 

大勢の人を喜ばせたり、良い仕事をしたり、さもすごい計画とかを話したりしたことで、他人から得る評価よりも、自分が自分自身に対して思っている評価の方が実は大切で、ものすごいエネルギーを持っているということが、もっとたくさんの人に広まればいいのになぁと思う。

自分に対する評価なんてなかなか、高い評価にできないと思う。でも、冷静になって、意識を広げて、よーく世の中を見渡してみると、結局、自分に対する評価が高い人にお金は集まってきてる。しかも、その人が無意識に思ってる分の金額がちょうど入ってくる仕組みになっている。そして、そのお金を介して、いろんなモノやサービスが流通してる。

もちろん、他人からの評価が高い人にもお金やモノは集まってくると思うけど、もし当の本人の自己評価が低いままなら、その人は生きづらさや虚しさとかをいつか感じてしまうことになるかもしれない。

 

そうそう、そして、自己評価の分だけ集まってくるお金のことを存在給という。この存在給という言葉は心屋仁之助さんが使ってて知ったんだけど、

何もしない、何も与えないような自分の価値はどのくらいなのか?存在するだけの自分の価値はどのくらいなのか?その価値を具体的にあらわすバロメーターが存在給というもの。存在給は、存在しているだけの自分の価値なので、誰の役にも立っていない自分ならどのくらいの価値だろうかという基準で決めるもの。

この存在給が高い人のところに、その存在給の分だけ、お金が集まってくるというしくみ。だから、何もしなくても与えてもらっていいんだと思える人ほど、たくさんのお金が循環する。

こんなの嘘だろうと思ってたけど、実際にそうだったという人が驚くほどたくさんいる。心屋仁之助さんのブログとか本を読むとわかると思うけど。そして、私もたしかにそうだと言える体験がこれまでにけっこうあった、というかほぼ存在給に助けられてきた。この存在給という仕組みは、論理的には説明できないからやっかいなんだけど、でも何でかわからないけど、事実その通りなのだ。

他人からの評価を気にしすぎるといつか消耗してしまうし、もっと自分を楽しんだ方が、結果、大切な人を大切にできる余裕も生まれるはず。評価経済もいいけど、進む方向を間違えないようにしたい。

最近、この事実を忘れそうになっていたので、再確認するために文章に書いてみました。