正義感から戦うよりも、たのしく心穏やかに過ごすことが私の心の仕事なんですよ




『秋山佳胤のいいかげん人生術』を久しぶりに読み返してみた。

この本の中に出てくる「地球上にあるすべてのものはつながっている」という話の内容がとても好きで共感できるんだけど、時々読み返さないと、日常の暮らしに飲み込まれてしまって忘れてしまうので、記事として書き留めておくことにする。

ちなみに、私がもともと持っている考え方と織り交ぜて書いていくので、秋山佳胤さんの本とは少し違った解釈になるかも。

 

 

戦争が起きそうな雰囲気にもしなったとしたら(戦争じゃなくても身近なケンカとかでも)、やっぱり戦争はいやだから、まあそれなりに流される感じで「戦争反対」とか自分の立場を表明したりすると思う。私も自分に余裕がないときは、そうしてしまうと思う。でも、実は、この行為も戦争に力を貸すことになってしまう。

これは、スピリチュアルな話とか、精神論とかではなくて、エネルギーの話なんだけど、戦争反対ということで、戦争容認派との間に衝突のエネルギーが生まれてしまい、結果、瞬時に世界に伝わって、実のところ、戦争に力を貸すことになるという仕組み。

だから、外の世界で悲惨なことが起きれば起きるほど、自分はよりたのしくこころおだやかに過ごすことが大切で、そうすることで、自分から発信されたたのしいエネルギーが共鳴を生んで、その悲惨な現場にも届くことになると思う。

これはエネルギーの共鳴の理論で、正義とか悪とかそういう感情論ではないお話。

 

映画『君の名は』の世界みたいに、時間的にも空間的にも断絶してそうなところ同士が、実はつながっているかもしれないといえる素領域の理論(日本で初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹氏の理論)というのが実在するんだけど、この世界のすべては実はつながっていると私も信じている。

だから、
自分がたのしく過ごしていれば、その波動がほかのところにも伝わる、しかも瞬時に、空間の概念も越えて。

 

もし争い事に参加したくなったとしても、その誘惑に負けないように、引きこもって、自分だけの世界でたのしく過ごすことが大切なのだ。他人の人生ではなくて、自分の人生を生きる。自分ごとに集中する。好きな人と過ごすのもよし。

争い事に参加しないと、自分のタダシサを分からせたくなるときもあるし、打ち負かしたくなるときだってあるし、弱虫扱いされそうで怖いときもあるし、困っている人がいて助けたくなるときもあるから、すんごく苦しくなるけど、だけど、まずは人助けより自分助けから始めること。

自分はいいから、と自己犠牲をしてまで、相手を助けようとしても、結局だれもしあわせになれない。自分をしあわせにできるのは、自分しかいないし、自分をしあわせにすることこそが、生まれてきた理由でもあると思う。

 

自分を大切にすること、自分に感謝して、自分を尊敬して、自分に与えてあげること、これを心の仕事という。他人にできても自分にはできてないという人も多いみたいだし、私自身も意識しないとそうなってしまう。
心の仕事についてはまた記事を今度書きたいと思う。

外の世界で嫌なことがあっても、自分の内側に引きこもって、ハッピーに過ごすこと、ここから世界の平和は始まる。こんな静かで穏やかでクリエイティブな活動家になりたいと思う。

私が絵を描く理由はこういう生き方を伝えていきたいという想いがあるからだ。