善悪や好き嫌いより、快か不快かで決めるとうまくいくという話




意味のある偶然の出来事というのがある。

 

たとえば、

あの人どうしてるかなとふと思い出したときに、その人から電話がかかってきたり。

ケーキ食べたいなと思ってたら、たまたま誰かにもらったり。

何となく通ってみようと思った道で運命的な出来事に遭遇したり。

 

どれもただの偶然のような気がするかもしれないけれど、実は意味があっての出来事だったりするらしい。

そういう意味のある偶然のことをシンクロニシティとも言ったりする。

 

なんでシンクロニシティが起きるのかいろんな研究が進められてるけど、どうやら世界はひとつの意識で繋がっていると考えられているらしい。だから、自分の内側の意識と繋がれば、そのひとつの全体的な意識と繋がることができる。つまり、世界と繋がることができる。

 

この意識と繋がることを、私は自分の内側と繋がるとか根っこと繋がるという表現をしている。

自分の根っこと繋がるには、自分の生命体としての本能的な感覚を取り戻す必要がある。頭だけで考えるんじゃなくて、体感とか直感とかのサインに気づけるようになること。

 

これが意外にむずかしくて、こういう見えない世界からのサインというのは、脳幹から送られてくると言われてるんだけど、現代社会で普通に暮らしてると、脳幹からの声はカンタンに聞こえづらくなってしまうみたいだ。

 

どうすれば、サインに気付けるかというと、人それぞれではあるけれど、自分にとっての心地よいことや気持ちいいことを選んで実践してみること。頭で理屈で考えないで、直感を磨く感じで。それもわからないというときは、砂を触ってみたり、裸足で歩いたり、水に触れてみたり、緑を眺めたり、いわば自然と触れ合うことで、自分も自然の一部だということを思い出すというやり方はけっこうオススメかも。他にも色々あるので、気になる人は連絡くださいな。

大切なことは、善悪で判断しないこと。良いことか悪いことかなんて、場所や文化で180度違ってくるから何の基準にもならないから。好き嫌いで決めてもいいけど、これだとたまに勘違いしてしまうこともあるよね。もっと確実なのは、快か不快かで決めるのがオススメ。感覚は嘘をつきづらいから。

 

シンクロニシティとして起こる出来事は、自分が生きていく上での道標のようなものなので、自分の根っこと繋がって行きていけば、大体うまくいくようになっている。

 

私も、人生のほとんどがシンクロニシティだけで進んできたような気がする。シンクロニシティという言葉を知ったのはいつだったか忘れたけど、20代後半だったかな?シンクロニシティの存在を知る前から、幼少期くらいからシンクロニシティを無意識に利用していたようだ。とはいっても、すべてが順調だったということでもなくて、やはり頭でトコトン考えて苦労して分析して出した答えというのは、ことごとく失敗するのに、直感で出した答えは、波に乗るように楽に進んでいくという感じだった。

 

みんなももっと自分と繋がったらたのしいのにとすごく思うので、私は絵を描くことでそれを伝えていけたらと思ってる。

絵を描くために自分の創造性と繋がること。それ自体が自分の根っこと繋がることになる。

だから、私の絵が実は私の意識だけで描かれたものじゃないとも言える。世界のどこかに、私の絵を観て懐かしさを感じたり、気持ちよさを感じる人が必ずいると思ってるんだけど、きっとその人とは、根っこの力で繋がっていたんだと思う。