教えない教育のはなし

絵を描く以外に好きなことというのがあって、それは現代文を教えること。

現代文って正解がひとつじゃないと思う人もいるかもしれないけど、実際のところ、試験となると、まるで数学の公式を使うように解くことができる。

私自身が、試験自体にあまり意味を見い出せなくなってしまったので、教えることは止めてしまったのだけれど。

教えられるなんて、頭いいんですねとか言われることも多いけど、教えるのが上手なのと、頭がいいのとは、まったくの別問題。

頭が良くても、生徒に汗をかかせることができなければ、生徒は一切伸びない。
頭が良すぎると、自分が一生懸命になって解いてしまうので、その間、生徒は暇を持て余してしまう。

教える方は、生徒がつまづいてる所を見つけて、絶妙なタイミングで解き方だけを教える。すると、生徒はまるで自分の力で解けたような気になるので、勉強が好きになる。

一時期、脳の血流が低下したことがあって、それ以来、教えることをやってないんだけど、そろそろ何か似たようなことにもチャレンジしてみたいような気がしている。
何かいいアイデアが浮かびますように。

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